2022-07-01
最終話(第30話) ガイド時代⑩
それでも愉快な僕のガイド人生 (終)
ミキキートスは2022年の4月で創業から7年を迎えました。起業して1年で事業存続の危機に瀕したり、売り上げが低調でアルバイトに頼らなければならない時期もありました。そして、豊洲ツアー大ヒットからのコロナ禍突入で現地ツアーすべて中止…と、まるでジェットコースターに揺られているかのような激動の7年間だったともいえます。結婚生活にピリオドを打ったり愛猫を亡くすなど、プライベートも決して順風満帆ではありませんでした。
しかし、今はっきりと言えることがひとつだけあります。私はミキキートスを立ち上げて、本当に良かったということです。これまで人生においていくつものターニングポイントがありました。コールセンター時代には運命のいたずらにより正社員登用に一歩届かず、大変悔しい思いをしましたが、あの時に正社員になっていたら…と考えた時、今より安定した生活を送っていたかもしれませんが、ここまで充実した人生を送れていたかどうか分かりません。
私は何かを創り出すことが好きなのだと思います。何かを企画して形にするという作業が好きなのです。それはミュージシャン時代に作った数えるほどしかないオリジナル曲にも言えるかもしれませんが、あいにく私には音楽や美術などの芸術のセンスがありませんでした。ただ、ガイドは天職だと思っています。自分が興味を持って調べ上げたことを、お客様にお金を頂いてご案内し、喜んで頂くことが出来るという大変すばらしいお仕事です。
私が今住んでいる部屋のクローゼットに、1つの空き缶があります。まだミキキートスの黎明期、成田空港見学ツアーのご案内を終えて解散し、ガイディングレシーバーを片付けている時でした。お客様が戻ってきて「すごく上手でした!これ、良かったら飲んでください」とエナジー系の缶飲料をくださったのです。近くの自販機で買ってきてくださったのでしょう。お金を払ってツアーに参加してくださったお客様が、更に身銭を切って飲み物を差し入れて下さるというそのお気持ちがとても嬉しかったのです。そしてそれは私のガイディングへの賛美でもあったのだろうと思います。今もまだ道半ばですが、今とは比べ物にならないほど未熟なガイドだった私に、この仕事をしていてよかったと思わせてくれた瞬間でした。あまりにも嬉しくて、もったいなくて…自宅に持ち帰り、しばらくその飲み物には口を付けずにいたのですが、消費期限が迫ってきたのでありがたく頂くことにしました。空き缶はその時に感じたお客様のお気持ちと初心を忘れないようにと、今も大切に取ってある宝物です。
(筆者の宝物である、お客様が差し入れて下さったエナジードリンクの空き缶)
黎明期には、クレジットカードによる事前決済を敬遠する人達にも参加してもらいたいから…と、現地払いを許容していた時期がありましたが、いわゆる無断キャンセルが横行し、既定のキャンセル料を取りはぐるなんてこともありました。当時は事業を継続していくためにとにかく売り上げが必要な時期で、数千円の売り上げが本当に貴重だったため、とても悔しい思いをしたのを今でも思い出します。まさに死に物狂いだったのだと思います。
ある時には、当時主力だったガイドさんがひょんなことから癇癪を起こし、そのまま数日後に退職に至るという事件も起こりました。その結果、空いてしまった穴を埋めるためにもう1人のガイドさんに負担が集中してしまい、その人との関係もぎくしゃくしてしまうという悲劇の連鎖もありました。繁忙期だったこともあり、私はノイローゼの一歩手前くらいまで追い込まれていました。仕事の楽しさから一番遠のいていた時期かもしれません。零細な事業者ではありますが、本当に経営者は孤独なのだと痛感した瞬間でもありました。
ただ、それでも私には譲れないものがあります。そのちっぽけなこだわりを大切にしてきたからこそ、今があるのだと思います。たとえば、私のご案内をラーメンで例えると、あっさりではなくこってりなタイプだと思っています。限られた時間の中ではありますが、ストーリーを組み立てて、必要なところはじっくりと掘り下げてというご案内スタイルを貫き続けています。ご案内の時間を短くしてほしいと言われることも多々ありますが、私はできればフル尺で楽しんで頂きたいと常日頃思っています。もちろんプロですから、短い時間内でご案内をしろと言われれば出来なくはないですが、大事なエッセンスが少しずつそぎ落とされてしまうのが嫌なのです。ここは料理人の心理に近いのかもしれません。こだわった食材で、こだわった調理方法で、こだわった順番で、こだわった盛り付けで…と、ベストコンディションで料理を提供したい料理人のようなもので、そこにはお客様にツアーを楽しんで頂きたいという強い思い入れがあるからこそなのです。
ですので「短めでご案内してもらえますか?」とお問合せがあった場合には「できなくはないですが、あまりおススメしません」と、ささやかな抵抗を試みるようにしています。大抵は「それでもいいので短めでお願いします」でまとまってしまうことが多いのですが。。。
2022年5月末、今このコラムを執筆しているタイミングで、私は今夏から再開予定の現地ツアーの準備を始めています。ミキキートスの看板を背負ってご案内をしてくださる新しい仲間も何人か迎え入れ、ガイド研修を進めているところです。コロナ禍でオンラインが一気に身近になったことで、研修をオンラインで実施することができるようになったのも、コロナの“怪我の功名”といえるかもしれません。現地だけで研修をしようと思うと限界がありますが、オンラインを併用することで、より手厚く研修を行うことができるようになりました。
これまで私は、自分もひとりのガイドとしてカウントし、率先してご案内を担ってきました。しかし、これからはガイドをしっかりと育てあげ、ご案内は基本彼らに任せて、ツアーのプロデュースや新しい事業の可能性を探ることにもっと時間を使っていきたいと考えています。それでも、私には叩き上げガイドとしての自負があります。彼らに模範を示せるよう、また誰にも負けない熱いガイドとして、これからもいろいろと模索していくことでしょう。
「それでも愉快な僕のガイド人生」いかがでしたでしょうか。 お客様の耳に“知”を届けるために、格闘する日々は続いていきます。
<あとがき>
このコラムの執筆を打診されたのは2021年の6月、ちょうど1年前のことでした。執筆のお仕事に関してはど素人の私が、このような大役を拝命して良いのか?という迷いもありましたが、何かを伝えるということはガイドと根底が同じですし、自分のこれまでを振り返るという意味においても、大変貴重な機会と考え、お引き受けすることにしました。元々1話2千文字、全20話というオーダーで書き始めたこのコラムですが、気が付けば全30回、7万文字近いロングコラムとなってしまいました。このあたりも私のガイディングに通じるエゴといいますか、伝えたい思いがあふれてしまい、短くまとめることが出来ないという悪い面が出てしまったかもしれません。くどい文章であるにもかかわらず、今日まで懲りずにご愛読頂きました皆様に深く感謝申し上げます。そして、そんな私にコラム執筆の機会を与えて下さり、多大なるご理解とご協力を頂きました株式会社ケンネット代表取締役社長の上田雄太様、ならびにその関係者の皆様に心より感謝を申し上げます。本当にありがとうございました。
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EventOffice ミキキートス代表。
中央大学卒業後、観光とは異業界での勤務経験を経て、旅行会社で国内外の添乗員・ガイド業務に従事。
2015年からは、主催のミキキートスにてイヤホンガイドを使用した参加型ツアー事業を開始。「大人向け社会科見学」や「親子でまなぶ」をコンセプトとし、築地/豊洲市場、成田空港や国会議事堂見学をはじめとした多数の人気ツアーを企画。
「名物ガイド」として多くのメディアで注目を集める。
新型コロナ禍以降は、オンラインツアーガイドに注力。最近では観光地や企業とのコラボイベントも始まり、コロナ禍でも多忙な日々を過ごす。
目下“偉大なる素人”を目指して邁進中。
WEBサイト:https://www.mikikiitos.com/