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コラム

第2話 旅行業界に足を踏み入れたきっかけ

前回のコラムで、ミキキートス起業前夜のエピソードをお話させて頂きましたが、ここからは私が旅行業界に足を踏み入れた経緯をお話させて頂きます。


(大学生の頃の庭野氏)

話は大学生の時に遡ります。当時音楽活動が楽しかったこともあり、正社員になって働くことは選択肢から早々に外れ、就職活動を放棄し、大学時代からアルバイトでお世話になっていたファミリーレストランで、卒業後も契約社員として働くことになりました。職種はホールの接客担当で、大変なことも多い仕事ではありますが、根本的にサービス業が自分の性に合っていると感じていました。

その後も中途半端に音楽活動を続けながら飲食関係の仕事を続けていましたが、当時交際していた女性からコールセンターの仕事を勧められました。コールセンターは遠い世界のお仕事のような気がしていましたが、意外にも音楽活動をしながら、俳優を目指しながら…と夢を追っている人たちが沢山働いている業界だと知りました。お給料が高いのも大きなポイントでした。当時働いていた飲食の仕事と比べて、月々5万円くらい多くもらえることが分かり、すぐに複数の会社にエントリーしました。幸い、そのうちの1社に就職が決まり、20代半ばにしてコールセンターのオペレーターデビューすることになりました。

同じ接客業でも対面ではなく声だけでやり取りをする電話のお仕事は、新鮮であると同時に苦労の連続でもありました。私は自分から営業をかける仕事が苦手なので、アウトバウンド(発信業務)ではなくインバウンド(着信業務)のセンターに従事していました。詳細をお話をすることは避けたいと思いますが、短時間の問い合わせがひっきりなしに入ってくるようなタイプの業務で、喉にもとても負担がかかるお仕事でした。時にはせき込んでしまって声が出せなくなってしまうこともあり、そんな場合にはお客様をただただお待たせしてしまうことになってしまうのが大変心苦しかったです。上席に転送しようにも、転送の許可を取る声が出ないのですから万事休すです。

通話料無料のセンターということもあり、いたずら電話が沢山かかってくるんだなぁ…とびっくりしたことをよく覚えています。オペレーターが女性の場合には卑猥な言葉を投げかけ、男性が出た場合にはガチャ切りというのが一般的な手口でした。毎日たくさんのお問合せで電話がかかってくるとは言え、無視できないほどの数のいたずら電話がかかってくる状況を見て、対面ではない接客の闇も感じました。

他になり手がいなかったのか、働きが評価されたのかは定かではありませんが、半年ほど経ったあたりで管理者業務に引き上げられました。いたずら電話やクレーム対応も含めたいわゆる上席対応や、オペレーターの要員管理等が業務の中心となりました。違う角度で業務に携わるようになり、コールセンター業務のやりがいも感じ始めていました。就職して4年ほどが経過し、30歳が目前に迫っていた私は、あわよくばこの会社で正社員になれないかと模索するようになります。そんな中、非正規雇用者の正社員登用プログラムにエントリーできることになりました。ありがたいことに部長のお墨付きももらえて、よほどのことがなければ正社員にステップアップできるという状況を喜んでいたのもつかの間、運命のいたずらに翻弄されることになります。
私が働いていたセンターは地方移管の為に閉鎖することが決まっていました。2010年の8月末だったと記憶しています。エントリーした正社員登用プログラムはその前にスタートする予定だったのですが、のっぴきならない大人の事情でスタートが3ヶ月ほど遅れることになりました。その結果、プログラムの開始が10月となり、それまで働いてきた部署に所属しながらのエントリーができなくなってしまったのです。別の部署に異動させてもらい、そこでのエントリーも模索しましたが、意地悪な直属の上長が言うには、新しい部署では今までのキャリアは一切考慮されず一からのチャレンジになる為、採用されるのは無理だろうとのことでした。理不尽でしたし、言いたいことはたくさんありましたが、あがいてもどうしようもなく、私の正社員登用の夢はあと一歩のところで打ち砕かれてしまったのです。

後になって思えば、これが私の大きなターニングポイントでした。失業給付金をもらいながら職業訓練が受けられることを知り、どんな訓練があるのかと調べていく中で「旅行ビジネス科」という文字が目に留まりました。以前から旅行が好きでしたし、多くの人がそう感じるように、私もまた同じく旅行業界は漠然と楽しそうな業界だと憧れを抱いていました。これまでやってきた仕事とまったく違うことがやってみたいと思っていた私の中の考えとも合致し、旅行の職業訓練校にエントリーすることにしました。
捨てる神あれば拾う神あり。11月某日、私は40人ほど座れる教室の中で24人の新しいクラスメートの前で苦手な自己紹介を済ませました。私の旅行業界のキャリアの第一歩がスタートしたのです。

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