旅の恥は掻き捨て?最後の海外添乗で受けた洗礼とご加護
添乗員を辞めることを派遣会社に伝えたのが2013年6月の末だったと思います。終わりが見えてきたことで、私はどこかすがすがしい気持ちでした。そして、このスリルと興奮に満ちたお仕事のカウントダウンを噛みしめるように、今まで以上に1本1本大切に添乗に臨んでいました。7月下旬に、私の最後の海外添乗となるアサインが飛んできました。イタリア周遊&モンサンミッシェル&パリのツアーでした。
この添乗は、私にとって最後の海外添乗である以外にも、特別な要素がたくさん詰まっていました。 1点目は、添乗員になってから1度は訪れたいと思っていたモンサンミッシェルが行程に含まれていたことです。2点目は、パリまでの往復便がエールフランス航空のエアバスA380であることでした。ちなみに同型機はすでにエールフランス航空を退役していますので、今となっては乗りたくても乗れないものとなってしまいました。そして3点目は、添乗先で一番好きな国であるイタリアの周遊がセットとなっていることでした。ヨーロッパ研修も含めて沢山訪れ、食べ物から国民性まですっかり虜になってしまったイタリアの添乗で最後を締めくくれるのはとても嬉しいことでした。
(パリシャルルドゴール空港にて。今はなきエールフランス航空のA380型機)
まずは、何を差し置いてもモンサンミッシェルです。どんな場所かは詳しく知らなくても、皆さんも一度くらいはテレビや新聞・雑誌などで目にしたことがあるのではないでしょうか。修道院とその門前町からなる小さな島で、「モンサンミッシェルとその湾」という名称で世界遺産にも登録されています。しかし、ここにも問題はあります。実はこのモンサンミッシェル、JSG(*日本語を話すガイド)がほとんどいないのです。つまり、ガイドは英語でご案内をする為、添乗員はそれを通訳してお客様にご案内しなければなりません。同時通訳レベルの英語力を持ち合わせていない私は、予習でそれをカバーするしかありません。日本で手に入るガイドブック等の情報では十分とは言えない状況でしたが、島内をガイド付きで観光する前日にモンサンミッシェル対岸地区のホテルに宿泊することになっていたので、実際にフィールドワークすることでカバーしようと考えていました。
対岸にあるホテルからの眺望は大変素晴らしいものでした。島内に宿泊できるホテルもあるようですが、当然のことながら島の全景を窓から眺めることは出来ないわけで、ここは好みが分かれるところかもしれません。憧れのモンサンミッシェルを窓から眺められる贅沢な環境に私の心は踊りました。これまで添乗で味わってきた辛い出来事が全て報われるような、そんな夢のような時間でした。
夕食後、希望者は各自島を自由散策することができました。お客様に島へのアクセス方法をご案内し、添乗員の私も乗り込みます。しかし、まずは明日のご案内を成功させなければならないので、のんびり観光気分というわけにもいかず、ひたすら情報収集に励むことにしました。しかし、さすがは聖なる場所。大天使ミカエルのご加護を私も受けることになりました。島内のお土産屋さんに、日本語で書かれた情報量の多いガイドブックが何種類も売られていることが分かったのです。私はお客様に見つからないように何冊かガイドブックを手に入れ、ホテルに戻って“カンニング”用のノートを仕上げることにしました。グランド・リュと呼ばれる幅2mあるかないかの“大通り”を、島の出口に向けて歩きました。そしてご加護の余韻も消えぬうちに、今度は洗礼を受けることになりました。
島に入る時に通った門に戻ると、小さな人だかりができていました。潮が満ちてしまっており、波が押し寄せ、通り抜けることが出来なくなってしまっていたのです。私は「しまった!閉じ込められてしまった」と思いました。潮が引くまで島内で時間をつぶさなければならないのか…と途方に暮れていました。するとそこに、うちのツアーのお客様が1組おいでになりました。私はお客様に「潮が引くまで出られないようですねぇ…」と声をかけ、一緒にその状況を憂いましたが、それは大きな間違いだったのです。
(島に閉じ込められたと勘違いした海水で満ちた門)
実は高台にもう1つ出入口があり、そこから出入りが出来ることに気が付いたのはその40分後くらいのことでした。島に”閉じ込められた”私は、明日の下見を兼ねて島内をあちこち探検していたのですが、たまたまその出入口にたどり着くことが出来たのです。初めてであるが故の無知に起因する”誤案内”となってしまいました。翌朝、お客様がホテルに無事に戻られたことは確認できましたが、さぞかし経験の浅い添乗員だと思われたことでしょう。最後の海外添乗において、まさに“旅の恥は掻き捨て”と相成りました。
さて、最後の海外添乗もいよいよ終盤に差し掛かり、パリのシャルルドゴール国際空港の搭乗ゲートで搭乗開始を待っていた時のことです。白いスーツに身を包み派手なサングラスをかけた先輩添乗員がお客様をゲートに誘導しているのを発見しました。一緒にイタリアを添乗したこともあるとてもお世話になった先輩ですし、悪く言うつもりは全くないのですが、大御所ともなるとやっぱり違うなぁ…と度肝を抜かれました。そのいでたちは、映画で見るマフィアそのものだったからです。
添乗員は孤独なお仕事です。しかし、異国の地でピンチに陥った時に助けてくれる人もいますし、先輩や同僚の添乗員と、世界各地で出くわすこともあります。プライベートでは一生のうちに訪れることが出来ないであろう沢山の観光地を訪れることが出来たのはとても良い経験でしたし、お客様に感謝してもらえる度に喜びも感じました。ただ、改めて振り返ってみると、私が添乗のお仕事を通じて一番やりがいに感じたことは、一緒にツアーを切り盛りする仲間や助けてくれる人たちとの一期一会、そして彼らとの交流や会話でした。
私は地に足が付いた仕事がしたいと考え、添乗員の仕事を辞することになりましたが、大変やりがいのあるお仕事であるという気持ちは今でも変わりません。そして、この添乗員の経験があったからこそ、私はツアー業者を立ち上げることになり、このようにしてコラムを執筆させて頂くご縁にも恵まれたのです。
(最後の海外添乗、ベネツィアで写真屋さんのカメラマンがサービスで撮ってくれた1枚)

EventOffice ミキキートス代表。
中央大学卒業後、観光とは異業界での勤務経験を経て、旅行会社で国内外の添乗員・ガイド業務に従事。
2015年からは、主催のミキキートスにてイヤホンガイドを使用した参加型ツアー事業を開始。「大人向け社会科見学」や「親子でまなぶ」をコンセプトとし、築地/豊洲市場、成田空港や国会議事堂見学をはじめとした多数の人気ツアーを企画。
「名物ガイド」として多くのメディアで注目を集める。
新型コロナ禍以降は、オンラインツアーガイドに注力。最近では観光地や企業とのコラボイベントも始まり、コロナ禍でも多忙な日々を過ごす。
目下“偉大なる素人”を目指して邁進中。
WEBサイト:https://www.mikikiitos.com/