ポキッと心が折れた中国添乗~添乗員を辞めたきっかけ~
添乗員はとても大変なお仕事です。やりがいも大きいですが、勤務時間も不規則ですし、お給料も決して高いとは言えませんので、一度情熱が冷めてしまうと続けるのが難しいお仕事でもあります。今回は私の心がポキっと折れ、添乗員を辞めるきっかけとなったツアーについてお話します。
旅行先は中国のとある地域で、7日間の行程でした。この添乗は開始前から「曰く付き」で、(要)注意顧客としてリストアップされているおひとり参加の男性のお客様がいると打合せの時に聞いていました。他のお客様と協調性がなく、添乗員にも理不尽な要求をするというような内容だったと思います。仮にこのお客様を「Xさん」としましょう。添乗員とお客様は出発空港で受付をする時に初めて対面するわけですが、受付を手伝ってくれるセンダーさんにも情報共有をして、万全の態勢で受付に臨みました。ファーストコンタクトは悪くなく、センダーさんとも「杞憂に終わるといいですね」などと談笑して別れました。
(悪夢の添乗出発時、成田空港で飛行機に搭乗する際の1枚)
夜遅く現地空港に到着し、1日目は宿泊先へ直行。2日目から観光がスタートする行程となっていました。最初に影響が出たのが2日目の昼食の時でした。中華料理ということもあり、円卓を囲みお客様同士相席でお食事をするスタイルとなっていたのですが、「Xさん」が料理にケチをつけ始めました。この手のパターンの厄介なところは、周りの方々を不快にさせるばかりではなく、特に何とも思っていなかった他のお客様も料理に不満を抱くきっかけとなってしまうことです。負の集団心理とでも言えばいいでしょうか。私はこのお客様が要注意顧客である意味が少しずつ分かり始めました。
「Xさん」とは5日目くらいに衝突することになりました。相手はお客様ですし、添乗員という立場で勝ち負けもないのですが、毅然とした態度で「困ります」と注意をさせて頂くことになりました。まぁ、それ以降おとなしくなったかというとそうでもないのですが、少なくとも私には変な絡み方はしてこなくなりました。
この添乗は他にも問題が山積みでした。2日目から連泊したホテルでシャワーが故障しているお部屋が頻発し、夕食後からあちこちの部屋に呼ばれ、午前2時近くまで修理対応に立ち会っていました。しかし、修理をしてもほぼ解決は望めず、「これでなんとか浴びて下さい」と言い残して部屋を去ることがしかできませんでした。中にはお湯が出ず、ほぼ水に近い温度のものがチョロチョロ出るだけというお部屋もありました。「Xさん」以外にも不満を募らせるお客様が少しずつ増えていっているようでした。
4日目にはまた別のトラブルに見舞われました。高地にある風光明媚な山にロープウェイで登り、歩いて下山しながら景色を楽しむ観光がありました。80歳を超えたおひとり参加の男性がいたのですが、前日までの様子を見ている限り歩くペースがかなり遅く、時間内に下山することが難しいと考えた私は、帰りもロープウェイで下山することを提案しました。しかし、お客様のご希望は歩いて下山したいとのことでしたので、とりあえず様子を見守っていました。ところが、どう考えても集合時間に間に合わないペースで歩いていらっしゃいます。写真などを撮りながらですから、移動の遅さにも拍車がかかっていました。このままでは間に合わないと考えた私は、ロープウェイの最終運転時刻を確認しに山上駅まで走りました。その時に高山病のような症状に罹ってしまったのです。富士山に近い標高の場所で走ったのですから、ある意味で当然の結果です。結果的に、なんとか下りのロープウェイには間に合い、集合時間までにお客様と下山することが出来ましたが、高山病の物と思われる頭痛と気分の悪さは翌朝まで続きました。
そして、極めつけは5日目の夜に起こった事件です。「Xさん」以外にもとんだ”伏兵”が潜んでいたのです。ホテル到着後、お客様の部屋に呼び出されました。「ホテルに隣接する会場で行われているイベントの音がうるさい」と仰るのです。内容的に添乗員だけでは手に負えなかったので、ガイドさんにも協力してもらい、イベントの終了時間と、部屋を変えることが出来ないかを確認してもらいました。部屋については満室で変えることが出来ない状態でした。そのイベントは中国の国営のイベントである為、ホテル側ではどうすることもできない上に21時には終了するとのことでしたので、その旨をご説明し、なんとか我慢して頂こうと試みたのですが、それでもお客様は青筋を立てて怒鳴りつけてきます。隣に立っている奥様が静止をして下さればまだ望みはあったのですが、旦那様におまかせタイプの方で、助け舟どころか呆れた眼差しを私に向けてくるのでした。
私はなんとかこの場を収めたいという気持ちで、「もうどうすることもできません。お許しください」と土下座をしました。後にも先にも仕事で土下座をしたのはこの時だけです。どうにもならないと分かったお客様は怒りこそ収まらない様子でしたが、とりあえず部屋の中に戻っていきました。「Xさん」にはじまり、この仕事の間にずっと蓄積してきた忍耐の堤防が一気に崩壊したような気持ちになりました。
レストランに降りると、ガイドさんとドライバーさんが食事を待っていてくれました。完全に打ちのめされた私を2人が慰めてくれました。ドライバーさんは「とりあえず食べな!元気が出るから!」というようなことを一生懸命ジャスチャーと中国語で語りかけてくれます。そして、両手で握手をしてくれました。ガイドさんは、お酒が飲めない僕にコーラを買ってくれて、グラスに注いでくれました。そして「明日起きたら全て忘れましょう」と言ってくれたのです。
もちろん一緒にツアーを切り盛りするビジネスパートナーということもあったでしょう。しかし、私はそれを超える何かをこの時に感じました。人種も国境も超越した、人と人との間に生まれる優しさや愛情のようなものです。私は涙をこぼしながら夕食を頂き、ガイドさんの言う通りその日は早く休むことにしました。そしてこの時、私は添乗員を辞めることを決心したのです。
(筆者を慰めてくれたドライバーさん<左>とガイドさん<右>)

EventOffice ミキキートス代表。
中央大学卒業後、観光とは異業界での勤務経験を経て、旅行会社で国内外の添乗員・ガイド業務に従事。
2015年からは、主催のミキキートスにてイヤホンガイドを使用した参加型ツアー事業を開始。「大人向け社会科見学」や「親子でまなぶ」をコンセプトとし、築地/豊洲市場、成田空港や国会議事堂見学をはじめとした多数の人気ツアーを企画。
「名物ガイド」として多くのメディアで注目を集める。
新型コロナ禍以降は、オンラインツアーガイドに注力。最近では観光地や企業とのコラボイベントも始まり、コロナ禍でも多忙な日々を過ごす。
目下“偉大なる素人”を目指して邁進中。
WEBサイト:https://www.mikikiitos.com/