デジタル世代の添乗術と大御所添乗員のたわごと
海外添乗デビューからしばらくは、アジアを中心としたJSG(Japanese Speaking Guide)同行のツアーに従事していましたが、経験も積みあがってきたということで、いよいよ待望のヨーロッパ添乗にアサインされることになりました。行先はイタリアです。研修で訪れたとはいえ、大雪の影響でナポリやポンペイは経験できていませんし、やはり研修と実戦は違うものです。イタリアに詳しい優しい先輩「Kさん」にじっくりレクチャーをしてもらい、だいぶ安心感は積み増せたものの、JSGが同行せず、スポットガイドでESG(English Speaking Guide)も混ざってくるヨーロッパ添乗は、事前の予習も含め負担が桁違いに多いと感じました。
特にESGの対策と、ガイドさんがいない場所でのお客様の誘導ルートの確認は重要です。添乗日報や旅行会社が用意している観光情報などでは全く情報が足りません。なるべく詳しいガイドブックを買ったり、インターネットで情報を確認してますが、やはり痒いところにはなかなか手が届きません。国内であれば下見にも行けなくもないですが、海外、ましてやヨーロッパともなると下見に行くことは現実的ではありません。そこで私は”禁じ手”を使うことにしました。
まずESG対策ですが、そのツアーではポンペイの古代都市遺跡の見学が予定されており、ここがかなりの高確率でESGなので、ガイドさんが英語で話す内容を日本語でご案内できるよう準備をする必要がありました。少しでも情報があれば…と藁にもすがる思いでYouTubeを検索してみたところ、なんとJSGがご案内している様子を参加者が撮影してアップした動画が見つかりました。もちろんご案内の最初から最後までを収録したものではありませんでしたが、写真と文章のみのガイドブックでは得られない貴重な情報を得ることができました。百聞は一見に如かずの”一見”をバーチャル体験させてくれたわけです。
(ヴェスヴィオ火山(後方)の大噴火によって生み出された古代都市ポンペイの遺跡)
次に、誘導ルート確認のお話です。このツアーではイタリア中部の都市シエナを訪れることになっていましたが、こちらはガイドなしの自由散策となっていました。イタリアは中心部まで観光バスが入り込めないルールになっている町が多く、シエナもバスの駐車場から15分~20分くらい歩かないと、世界でもっとも美しい広場の1つといわれるカンポ広場にアクセスができませんでした。
そこで活用したのが「Googleストリートビュー」でした。バスの駐車場の場所だけは情報が入っていたので、そこからカンポ広場までの誘導ルートをGoogle Mapのストリートビューで確認しました。似たような建物が並ぶ旧市街の街並みでしたが、どの交差点をどちらに曲がったらよいかを、繰り返し繰り返しストリートビューを見ることで覚えました。おかげさまで、当日は実際に歩いたことがあるかのような感覚で誘導をすることが出来ました。
お客様もまさかご案内や誘導の予習をYouTubeやストリートビューでしているとは思いもしなかったことでしょう。初めての場所でも、お客様の前では”3回目”をうまく演じることが出来るかどうかがこの仕事の鍵と言えるいいかもしれません。
(世界でもっとも美しい広場の1つと言われるシエナのカンポ広場)
さて、そんなデジタル世代の添乗員事情をお話ししましたが、デジタル世代という言葉で思い出される忌々しい記憶があります。ある専門学校の研修旅行のお仕事で、アメリカのロサンゼルス周辺を添乗した時の話です。添乗員が私を含め7-8人いる大きな仕事で、私はとある大御所の先輩「Rさん(仮称)」と組むことになり、基本的にはその人と2台口(*2台のバスに分乗し、同じ行程を一緒に移動すること)のような動きをしていました。
思えば事件の伏線はアサインされたタイミングで既に張られており、アサイナーに「Rさんはちょっと癖のある人だけど勉強にはなると思うから頑張って」と言われていたのです。後から分かったことですが、どうやら他の添乗員達が彼と組みたがらないようで、庭野なら”うまくやれる”ということで私にその役目が回ってきたようでした。
私はそのめんどくさい大御所の先輩とホテルが同室となっていました。私はお酒が全くと言っていいほど飲めないのですが、「Rさん」はお酒が大好きで、あろうことか部屋に他の添乗員達を招いて酒盛りを始めるのです。別の部屋が会場ならともかく、ほかならぬ私の部屋がその会場ですから逃げようがありません。そして、飲み会が終わると、自分は先輩だから…と先にシャワーを浴び、大きないびきをかいて寝てしまうのです。苦痛でしかない飲み会に付き合わされた挙句、寝不足になるのでたまったものではありません。しかし、これだけなら単なるタチの悪い先輩です。“事件”はある日の朝に起こりました。
その日は準備を終えた生徒達から順次バスに乗り込む段取りになっていました。バスが止まっているところが建物の小さな扉を出てすぐの所だったので、バスの配置が視覚的に分かりづらくなっていました。私は、生徒がぱっと見てどちらに曲がったらよいか分かるよう、白い紙に【⇦2号車 1号車⇨】と書いて、それを体の前に持って声をかけながら誘導をしていました。すると、ふらっと「Rさん」がやってきてこう言うのです。
「デジタル世代っていうのかなぁ…そういうのに頼るのはやめて声をかけてコミュニケーションを取りなさい。それは使わず、声だけでやりなさい。」
これには怒りを覚えると同時にただただ呆れました。生徒達が分かりやすいように工夫をして誘導をしているのに、自分のやり方と違って気に食わないというだけの理由で創意工夫を認めないのです。昭和のメンタリティとでも言うのでしょうか…。あろうことか、ツアーに同行しているAGTの若い担当者にもぞんざいな態度を取っていましたし、30年にも及ぶキャリアの成れの果てがこれだと思うと、むしろかわいそうに思えてくるほどでした。
幸い「Rさん」とはそれ以降二度と仕事が一緒になることはありませんでしたが、運悪く帰りの電車が一緒になり「今回の仕事で勉強になったことはあるか?」とドヤ顔で執拗に尋ねてくるのには失笑でした。“私から学んだこと”を言えというのです。本音は「お前から学ぶものは何一つなかった」でしたが、そこはぐっとこらえて社交辞令に終始しました。電車が乗換駅に到着し、数日間に及ぶ地獄の時間はようやく終わりを迎えました。
(曰く付きのロス添乗中、憧れのユニバーサルスタジオハリウッドで自由時間を過ごす筆者)

EventOffice ミキキートス代表。
中央大学卒業後、観光とは異業界での勤務経験を経て、旅行会社で国内外の添乗員・ガイド業務に従事。
2015年からは、主催のミキキートスにてイヤホンガイドを使用した参加型ツアー事業を開始。「大人向け社会科見学」や「親子でまなぶ」をコンセプトとし、築地/豊洲市場、成田空港や国会議事堂見学をはじめとした多数の人気ツアーを企画。
「名物ガイド」として多くのメディアで注目を集める。
新型コロナ禍以降は、オンラインツアーガイドに注力。最近では観光地や企業とのコラボイベントも始まり、コロナ禍でも多忙な日々を過ごす。
目下“偉大なる素人”を目指して邁進中。
WEBサイト:https://www.mikikiitos.com/