第16話 添乗員時代⑨
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初の海外添乗で弄ばれた海外ツアコンのピュアな気持ち


憧れだった海外添乗の初アサインは、思いがけず早くやってきました。ヨーロッパ研修の最中に海外ツアーのアサイナーから連絡があり、中国の福建省を巡る4日間のツアーがアサインされました。まだ研修中で、デビュー未定の人もいるので他言厳禁とのことでしたが、海外研修同期の添乗員からは「アサイン入ったんでしょ?」と聞かれる始末で、良くも悪くも高い添乗員の情報収集能力 (ただの噂話好き?)を思い知らされるのでした。


というわけで初の海外添乗は中国の福建省に福建土楼と呼ばれる独特の形をした大きな住居の建築物を見に行くツアーとなりました。予習を試みるも、ガイドブックはおろかインターネットでも満足に情報収集ができない福建土楼にはお手上げ状態でした。そもそも福建省自体にも「ウーロン茶の産地だったような…」というレベルの知識しかありませんし、先輩方にレクチャーを頼もうにも、レアな行先過ぎてほとんど情報は得られませんでした。

世界遺産に登録されている福建土楼
(世界遺産に登録されている福建土楼)


さて、海外研修が終わった直後の私がなぜすぐ海外添乗デビューできるのか?という疑問を抱く方もいることでしょう。
実は、次のような事情があります。主にアジア方面の添乗員付き海外ツアーは日本語を話せるJSG(Japanese Speaking Guide)によるスルーガイド(ツアーグループに一定期間同行する現地ガイド)となっていることがほとんどです。各観光地でのガイディングはもちろんのこと、バス車内のご案内も彼らがやってくれます。つまり、添乗員は本来の業務である旅程管理に集中すればよく、ガイドが不在の空港内の案内や、ホテルのチェックイン・アウト、宿泊中のトラブル対応が出来れば勤まるというわけです。


一方で、主にヨーロッパ方面の添乗となると事情はガラッと異なり、バスの車内は原則添乗員のみで切り盛りしなければなりません。ドライバーさんとのやり取りは勿論ですが、車窓案内と呼ばれるバスガイドさんがするような案内も添乗員の業務となります。また、各観光地にはスポットガイドが原則付いているのですが、JSGとは限らずESG(English Speaking Guide)がアサインされることも少なくありません。となると、同時通訳が出来る英語レベルでない限りは、膨大な予習をすることでESGの話す内容を理解してお客様にご案内しなければなりません。そんな事情もあり、新人の海外添乗員にはまずJSGのスルーガイド同行のツアーがアサインされるというわけです。


そんなこんなで、私は万里の長城でもなく、北京でもなく、中国の観光地としてはかなりマイナーな福建省のツアーに出発しました。初の海外添乗の割に細かいことはほとんど覚えていないのですが、ガイドさんとの役割分担、仕事の境界線が掴みづらかったのをよく覚えています。例えば昼食や夕食の会場では、お客様の飲み物の注文を手伝うのが添乗員の仕事だったりしますが、中国語が話せないわけですからガイドさんにお願いするしかありません。だからといって、任せっきりにするわけにもいきません。添乗員が仕事をしている感もある程度出さないと、添乗員の存在感がなくなってしまうからです。これがある意味でJSGスルーガイドツアーの一番の問題点かもしれません。全部おんぶに抱っこだとアンケートの添乗員評価が悪くなってしまうということで、アンケートの結果で評価される添乗員にとっては大変な脅威なのです。とはいえ、ガイドさんにもアンケート評価がありますので、あまり活躍の場を奪い過ぎてもいけません。


あと、日本国内の添乗と異なる点として、お客様が添乗員に話しかけてくる機会が多いということがあるかもしれません。日本語が通じない異国ということもあってか、手持無沙汰な時間があると添乗員に話しかけてくるのです。経験が皆無または少ない現地についての質問をされるのは怖いですが、よくある質問に「添乗員さんはここ何回目なの?」というのがあります。当然ながら「実は初めてなんですよね」とは口が裂けても言えないので「3回目です」と答えるのが模範解答とされています。「まだ3回目じゃ分からないことがあっても仕方ない…でも、過去に2回は来てるわけだからそれなりに安心」という感情を抱かせる絶妙な言い回しになっています。この時、そんなやり取りがあったかどうかは忘れましたが、私は初めての海外添乗にして思いがけないチャンスに恵まれることになります。

初海外添乗の際、福建省の武夷山空港にて撮影した写真
(初海外添乗の際、福建省の武夷山空港にて撮影した写真)


「添乗員さん、これやるよ」
気前の良い男性のお客様が、立ち話をしている流れで”諭吉さん”を手にそんなことを仰いました。海外添乗はお客様にチップをもらえる機会があるとは聞いていましたが、まさか初回からそのチャンスが訪れるとは思ってもみませんでした。私ははやる気持ちを抑えて「いやいや、そんな…頂けません。仕事ですから…」と”常套句”で返しました。するとお客様は「そうか?(んじゃ要らないな…)」と“諭吉さん”をすぐに引っ込めてしまったのです。気持ちはスーパーヒトシ君でしたが、海外添乗初めてのチップは目の前であえなくボッシュートとなってしまいました。仮にこれがゲームだったとして、はたして他の選択肢があったのでしょうか?日本人のならではの「遠慮の文化」をこれほどまでに憎んだことは、後にも先にもないかもしれません。そんな”悲劇”があったからなのか、初めての海外添乗で「いっぱいいっぱい」であったからなのかは分かりませんが、記念すべき海外添乗デビューで他に覚えていることは殆んどありませんでした。


庭野 大地
庭野 大地 Taichi Niwano

EventOffice ミキキートス代表。
中央大学卒業後、観光とは異業界での勤務経験を経て、旅行会社で国内外の添乗員・ガイド業務に従事。
2015年からは、主催のミキキートスにてイヤホンガイドを使用した参加型ツアー事業を開始。「大人向け社会科見学」や「親子でまなぶ」をコンセプトとし、築地/豊洲市場、成田空港や国会議事堂見学をはじめとした多数の人気ツアーを企画。
「名物ガイド」として多くのメディアで注目を集める。
新型コロナ禍以降は、オンラインツアーガイドに注力。最近では観光地や企業とのコラボイベントも始まり、コロナ禍でも多忙な日々を過ごす。
目下“偉大なる素人”を目指して邁進中。

WEBサイト:https://www.mikikiitos.com/