第15話 添乗員時代⑧
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魅惑のヨーロッパ研修~ワクワクの海外添乗デビュー~


添乗員になってちょうど1年ほど経った頃、1つの目標にしていた海外添乗の扉が開かれました。私が所属していた派遣会社では、年に1度ヨーロッパ研修が実施されるのですが、その研修を受講していないと海外添乗業務に就くことが出来ません。運良く候補者となり、試験も何とかパスして研修に参加できることになりました。私は、実は添乗員になるまでほとんど飛行機に乗ったことがないタイプの人間でした。片手で数えられるくらいの経験しかなく「鉄の塊が空を飛ぶなんて信じられない…」というタイプの人間でした。それが今は空港のツアーガイドとして飛行機の魅力を熱く語っているのですから、人生どこでどうなるか分からないものです。


さて、そんなわけでヨーロッパはおろか、海外旅行に一切行ったことがない私でしたが、さすがに海外旅行経験ゼロはまずいだろうということで、ヨーロッパ研修の直前に同期の添乗員に付き合ってもらい、4日間のタイ旅行に行き、なんとか未経験は回避しました。


実務研修となりますので、事前研修で役割分担が行われ、何日目のこの部分は私の担当というように課題が課せられていました。しかし、人生初のヨーロッパということで、緊張というよりもむしろ楽しみの方が圧倒的に勝っていました。行先はイタリアです。日本人の定番の旅行先である上に、ヨーロッパを添乗する上での基本知識を習得する為のエッセンスが詰まっているので、研修にも最適です。イタリア北部のミラノから入って、ヴェローナ、ヴェネツィア、フィレンツェ、南イタリアのナポリ・ポンペイを観光し、ローマから出国する王道中の王道のイタリア周遊ツアーを派遣会社で貸切って行われました。全国の支店から参加者がいて、東京からは6人、その他の拠点からは合計10人ちょっと、講師も含めて20人弱の団体でした。


ホテルの部屋は拠点ごとに男女別の相部屋になっていて、私は同じ東京支店から参加した1年ほど先輩の「Fさん」と同部屋となりました。この「Fさん」はいわゆる勘違いキャラを地でいっているような人で、正直普段からあまり絡みたくないタイプの人ではありましたが、そんな人と6泊を共にしなければならないことだけがとにかく憂鬱でした。挨拶代わりのつもりかもしれませんが、初日ミラノのホテルに到着し部屋に入るやいなや、「Fさん」が日本の電圧にしか対応していないドライヤーをコンセントに差し込み、いきなり部屋を停電させ真っ暗に。想像通り、いや想像以上の展開に先が思いやられるのでした。


研修とはいえども、自分の担当セクション以外はほぼ観光となります。とにかく見るもの全てが新鮮だし、食べるもの全てがおいしいし…研修であることをつい忘れてしまいそうでした。「Fさん」の件はさておき、中盤までは研修も順調に進んでいましたが、一筋縄ではいかないのが私の人生ということで、ヨーロッパ研修でもばっちりトラブルに見舞われます。そもそも2月のイタリアということでとても寒いわけですが、私たちがローマを訪れるタイミングで、1985年以来27年ぶりの大雪に見舞われることになったのです。


(ヨーロッパ研修2日目 ミラノ市内のスフォルツェスコ城前のカステッロ広場にて)


アッシジという街に到着した頃から雪がちらつき始め、ローマに向かう高速道路も途中から立往生する車がちらほら出てくるようになりました。高速道路が大渋滞したか通行止めになったという理由で、途中で高速道路を降りて小さな道を進んでいた時です。緩やかな坂道に差し掛かったタイミングでバスは止まってしまいました。そこまではスタッドレスタイヤだけで走れていたので、チェーンを装着していない状態だったのですが、ついにバスは立往生してしまいました。イタリア人の「ジョルジュ」という名前のドライバーが一生懸命チェーンを装着させていますが、なかなかスムーズにいきません。男性メンバーは一応手助けのつもりでドライバーと一緒にタイヤを取り囲みますが、イタリア語が分からない素人が束になったところで、助けになっているのか足手まといなのか分からないような状況でした。予定では13時過ぎにアッシジを出発し、15時くらいから遅めのローマ観光が予定されていたのですが、時刻は既に19時を回っています。当然その日の観光はキャンセルになりましたが、当日中にローマにたどり着けるのかも怪しい状況になってきました。アッシジを出てからトイレ休憩が取れていなかったので、トイレに行きたいという人も多かったと思いますが、そこは添乗員の集団。我慢する術もしっかり身につけているのでした。


ようやくチェーンの装着が済み、バスが動き出し拍手がバス車内に鳴り響くも、ドライバーは不機嫌MAXな状況です。ホテルに着いたのは23時頃だったでしょうか。私はフィレンツェからローマに向かう区間のバスを切り盛りする担当だったので、ジョルジュにチップを渡す役目を担っていました。ヨーロッパではガイドやドライバーにはチップを渡す文化があります。渡し方が特殊で、お客様に余計な勘繰りをされないよう、小さく折りたたんだお札を手の平に潜ませ、握手をする形で相手にチップを渡します。私は初めてのチップの”儀式”に緊張しながらも「Grazie!! Thank you!!」のような言葉を添えて既定の10ユーロを手渡しました。


ジョルジュは声を荒げてこう言いました。「Only 10€ ?!(たったこれだけか?!)」 気持ちはとってもよく分かりますが、私は研修生ですし、講師の指示の下規定通りのチップを渡しただけなので、なんとも言えない表情で小さく「Yes…」と答え、あまりの気まずさにその場をすぐに離れました。研修で海外旅行に行けてうらやましいと思った方もいるかもしれませんが、旅費は自腹ですし、その間仕事の収入もないわけですから、ポケットマネーでチップを上乗せするような余裕もなかったのです。


チップの”儀式”の初体験は大変後味の悪いものとなってしまい、予定していたナポリ・ポンペイにも行けなくなってしまったのはとても残念でしたが、多くのことを学んだヨーロッパ研修を無事修了し、憧れだった海外添乗員デビューすることが決まりました。


庭野 大地
庭野 大地 Taichi Niwano

EventOffice ミキキートス代表。
中央大学卒業後、観光とは異業界での勤務経験を経て、旅行会社で国内外の添乗員・ガイド業務に従事。
2015年からは、主催のミキキートスにてイヤホンガイドを使用した参加型ツアー事業を開始。「大人向け社会科見学」や「親子でまなぶ」をコンセプトとし、築地/豊洲市場、成田空港や国会議事堂見学をはじめとした多数の人気ツアーを企画。
「名物ガイド」として多くのメディアで注目を集める。
新型コロナ禍以降は、オンラインツアーガイドに注力。最近では観光地や企業とのコラボイベントも始まり、コロナ禍でも多忙な日々を過ごす。
目下“偉大なる素人”を目指して邁進中。

WEBサイト:https://www.mikikiitos.com/