第11話 添乗員時代④
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東北大震災の影響


ジョナサンの天井にぶら下がっている照明器具が、天井にぶつかりそうな程大きく揺れている状況を見て、私は避難訓練以外で初めてテーブルの下に頭を隠しました。少し揺れが落ち着いたタイミングで、同僚が窓の外を見て「新宿のビル群が大きく揺れている」と教えてくれました。目の前のことすら理解が追い付かないような状況でしたが、ワンセグ対応のスマホでニュースをチェックすると、画面にはこの世のものとは思えないような甚大な津波の被害が映し出されていました。東北を震源としたとてつもなく大きな地震が東京にまで大きな揺れをもたらしたことが分かり、繰り返し訪れる大きな余震の前になす術もなく、「とんでもないことが起こった」と、ただただ激しく動揺していました。


首都圏の鉄道が全面的に運転見合わせとなり帰宅困難と判断した私たちは、たまたま入店していたジョナサンが24時間営業であることから、オーダーを繰り返して朝まで居座る覚悟を決めました。しかし、お店も臨時閉店が決まり、あえなく夜の新宿の街に放り出されることになりました。携帯電話が通じないことから公衆電話にできた長蛇の列に加わり、お互いの家族の無事をなんとか確認しました。その頃都営大江戸線運転再開の報が入り、同僚は親族が住んでいるところまで帰れることになったので、お互いの無事を祈って別れました。私の方も、大江戸線で上野まで出て国道沿いに20キロほど歩けば帰れるということで上野方面の電車に乗り込みました。


その後、東京メトロ南北線が運転を再開したと知り、埼玉県の自宅に割と近い地域までは電車で移動できることになりました。しかし、普段から満員に近い地下鉄の車両に沢山の人が殺到しているため、乗降は困難を極め、1駅進んでは長時間停車の繰り返しで、なかなか目的の駅に着きませんでした。ようやくその路線で自宅に一番近い駅に降り立ちましたが、ここから暗い夜道を5キロほど歩かなくてはなりません。ようやく帰宅したのは午前1時頃でしたが、幸い自宅の被害はほとんどなく、テレビがテレビ台から倒れて落ちたくらいでした。未曽有の大災害で多くの人が帰宅困難になっている中、夜のうちにケガ一つなく無事に帰り着けたことは幸いでした。


3本目のツアーはすぐに催行中止が決まり、その先のお仕事も一旦すべて白紙になってしまいました。閑散期で手が空いている時には観光地の勉強をするものだと教わってはいましたが、繰り返される余震におびえながら、日に日に明らかになっていく被災地の惨状に心を痛めているような精神状態では、ポジティブに勉強に勤しむことなど出来るはずもありませんでした。地震から4日ほど経った頃、催行中止となった3本目のお仕事の精算で新宿に出向きました。原発事故の影響が首都圏にも強く及んでいた頃で、目に見えない放射能の恐怖からか、人気の少ない新宿の街を歩いている時に感じた何とも言えない異様な雰囲気を今もよく覚えています。


ツアーのお仕事が少しずつ戻り始めたのは4月に入ったあたりからだったでしょうか。被災者の皆様のことを考えると旅行に行って浮かれている場合ではないと考える人が多い一方で、被災していない人たちが旅行を控えたところで単に経済が回らないだけという大きな矛盾もあり、添乗員も複雑な心境でツアーに臨むことになります。当然、先輩方に最優先でお仕事が割り振られますので、新人は後回しで少ないお仕事をアサインしてもらうことになります。これはお給料の面だけを考えるとマイナスですが、石橋叩き過ぎるくらい慎重にステップアップしたい自分にとってはかえって好都合でもありました。


3本目の添乗は震災から1か月ほど経った4月8日発で、夜行日帰りで吉野山に桜を見に行くという弾丸ツアーでした。夜の22時くらいに上野を出発し、午前6時頃には奈良県の吉野山に到着する行程だったよう記憶しています。2時間おきのトイレ休憩でご案内をしなければいけないことに加え、添乗員になって初めての長距離移動ということもあり、バスの大きな窓から見える流れる景色に興奮し、ほとんど眠れませんでした。吉野山は雨が降るか降らないかのあいにくのお天気で、桜も1~2分咲きという状況でしたが、私自身も初めて訪れる場所だったので、お客様の誘導・解散後、後学の為にといろいろ見て回りました。


(あいにくのお天気の吉野山とずらりと並ぶ観光バス)


お花見や紅葉のツアーはお客様が予約する時点では「見頃」が予想しづらく、かといって直前の予約では満席で申し込めないので、ある意味で賭けになります。お客様も最新の情報を調べた上でツアーに参加しますので、開花状況が思わしくない場合には、テンションだだ下がりのお客様の気持ちをいかに盛り上げるかも添乗員の仕事だったりします。この時は幸運にも復路のトイレ休憩で寄る予定の浜名湖サービスエリアから見える桜が満開であるとの情報をつかみ、SA到着前にお客様にご案内しました。現地で満足にお花見ができなかったお客様の気持ちが少し和らいだような気がしました。お昼頃現地を出て19時頃には上野に帰ってくる行程でしたが、とにかく眠気との闘いで、いろんな意味で体力勝負の仕事だなと思いました。


2本目の成功体験があったおかげか、夜行日帰りという変則ツアーであるにもかかわらず、大きなトラブルもなく無事に帰着することが出来ました。優しい先輩が打合せでフォローしてくれたことに加え、当日のドライバーさん、お客様に恵まれたことも大きかったですが、この仕事の感覚やコツを少しずつ理解し始めていた頃だったと思います。


庭野 大地
庭野 大地 Taichi Niwano

EventOffice ミキキートス代表。
中央大学卒業後、観光とは異業界での勤務経験を経て、旅行会社で国内外の添乗員・ガイド業務に従事。
2015年からは、主催のミキキートスにてイヤホンガイドを使用した参加型ツアー事業を開始。「大人向け社会科見学」や「親子でまなぶ」をコンセプトとし、築地/豊洲市場、成田空港や国会議事堂見学をはじめとした多数の人気ツアーを企画。
「名物ガイド」として多くのメディアで注目を集める。
新型コロナ禍以降は、オンラインツアーガイドに注力。最近では観光地や企業とのコラボイベントも始まり、コロナ禍でも多忙な日々を過ごす。
目下“偉大なる素人”を目指して邁進中。

WEBサイト:https://www.mikikiitos.com/