ズタボロのデビュー戦(前編)
2本目の同乗研修は1回目とは別の旅行会社のツアーで、中堅の大柄な男性の先輩に同行させて頂くことになりました。1本目とは打って変わり、いい意味でアバウトな先輩だったので、肩の力を抜いて研修に臨むことが出来ました。外房の「かつうらビッグひなまつり」を見るのがメインのツアーで、そのあと房総半島を周り、東京湾アクアライン経由で海ほたるに寄って帰るという、ある意味で房総ツアー定番のコースでした。
お客様がバスツアーに参加する時にバスに乗車することが出来る出発地のことを、業界用語では「配車場所」と呼びます。例えば、1つ目の集合場所が新宿で2か所目が池袋の場合には「第1配車が新宿、第2配車が池袋」のように言います。今回は第2配車の場所が交通量の多い幹線道路上に位置し、短時間でお客様を乗せなければならないということで、その大役を仰せつかることになりました。失敗こそしなかったのですが、他のツアーのバスを待っている人も大勢いる中、短時間で自分のツアーのお客様を確認してバスに乗せ込むという作業は大変だなと思ったのをよく覚えています。実戦デビューを間近に控えている私にとって大変学びの多いツアーで、少なからず経験を積めたことで「これならできるかもしれない…」と、少し自信を持てたような気になりました。しかし、その小さな自信はデビュー戦でズタボロに打ち砕かれることになるのでした。
さて、いよいよデビュー戦のお仕事がアサインされました。方面は山梨でも千葉でもなく茨城。筑波山麓や水戸の偕楽園で梅のお花見をしながら、いちご狩りも楽しむことが出来るツアーでした。偕楽園こそ子供の頃に親に連れられて行ったことがありましたが、その他は行ったことがない所ばかりでした。 といっても、いきなりバスに乗ってお仕事をするのではなく、まずはエージェント(*旅行会社のことを添乗業界ではこう呼びます)に行って打合せをすることになります。打合せといっても、ほぼ1人で行う確認作業や準備が中心で、実際にエージェントの方とお話をするのはごくごく短時間だったりします。初回は派遣会社の社員さんが打ち合わせに同行してくれるので、分からないなりにも安心感をもって打合せに臨むことが出来ました。エージェントによりますが、今回の場合には意外とあっさりと終わってしまい、負担が少ないのは良いものの、「初添乗」ということもあり少々不安を引きずって帰路に就きました。前日に出来ることはもはや限られているのですが、あきらめの悪い私は、一応これまでの研修で学んだことを確認しながら、現地のこともできる限りお勉強し、初陣に備えました。
ところで、皆さんはモーニングコールと聞いてどういうものをイメージしますか? 起きる時間になると電話がかかってくるものを想像される方が多いと思うのですが、私が登録していた会社では、前日に翌朝の起床時間を会社に伝えておき、無事起床し、予告した時間になったらこちらからモーニングコールの当番の人に「無事起床しました」と電話をするシステムになっていました。もちろん、予告した時刻に電話がないと当番の人から電話がかかってきます。幸い私はありませんでしたが、寝坊も割とよくあるそうで、最悪の場合には二度寝してしまう人もいるようです。私の場合は、添乗前夜は緊張で眠れず早く目が覚めてしまうタイプでした。寝坊のリスクこそないものの、基本寝不足で添乗業務に従事しなければならないのが辛かったです。
デビュー戦は新宿西口を7時台に出発するツアーでした。自宅の最寄り駅の路線である東武伊勢崎線だと既定の時刻にスタンバイ(*集合場所に到着し準備を始めること)できないということで、約2キロ離れたJR武蔵野線の駅に向かい、始発電車を乗り継いで新宿に向かいました。エージェントや出発場所にもよりますが、新宿発の場合は特定の乗車場所が決められていないことが多く、集合場所周辺の道路に路駐しているバスの中から自分のツアーのバスを見つけるところから仕事が始まります。そうそう見つからないことはないのですが、極まれに渋滞等でバスの到着が遅れる場合もあります。幸いバスはすぐに見つかり、運転手さんにごあいさつをして、簡単に行程の確認等の打合せを行いました。お客様がバスにスムーズに乗車できるようにバスの座席表を入口の所に貼らせてもらい、バスの方は準備万端です。
次はお客様の集合場所に戻り、旅行会社の社旗とコースNo.や行先を書いたツアーステッカーを掲げて、お客様が集合してくるのを待ちます。バスが集合場所から分かりやすい所に駐車している場合には「あちらのバスですよ」とご案内し各々乗車をして頂きますが、遠い場合には全員集合後に添乗員が先導しお連れすることになります。おかげさまで第1配車の出発はスムーズにできましたが、第2配車は集合場所がお客様にとって分かりづらい場所だったようで、お客様を見つけるのに少し戸惑った記憶があります。
デビューしたて、ましてや「このツアーがデビュー戦です」などということはお客様には口が裂けても言えないので、バレバレかもしれませんが精一杯取り繕って添乗業務に臨みます。何せ研修も含めて、お仕事として観光バスに乗るのは4回目ですからど素人もいいところです。最初の立ち寄り場所である筑波山梅林まではどうにかスムーズに進みました。しかし、梅林を出発するタイミングで、早くも添乗業務の恐ろしさを身をもって体験することになるのでした。
(初添乗で見たきれいな梅の写真)

EventOffice ミキキートス代表。
中央大学卒業後、観光とは異業界での勤務経験を経て、旅行会社で国内外の添乗員・ガイド業務に従事。
2015年からは、主催のミキキートスにてイヤホンガイドを使用した参加型ツアー事業を開始。「大人向け社会科見学」や「親子でまなぶ」をコンセプトとし、築地/豊洲市場、成田空港や国会議事堂見学をはじめとした多数の人気ツアーを企画。
「名物ガイド」として多くのメディアで注目を集める。
新型コロナ禍以降は、オンラインツアーガイドに注力。最近では観光地や企業とのコラボイベントも始まり、コロナ禍でも多忙な日々を過ごす。
目下“偉大なる素人”を目指して邁進中。
WEBサイト:https://www.mikikiitos.com/