第8話 添乗員時代①
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研修に追われた怒涛の日々


添乗員派遣会社に就職が決まり、最初に手を付けたのは「引っ越し」でした。前職で通勤していた西新宿へのアクセスが良い東京都の練馬に住んでいましたが、職業訓練校で「添乗員になったら収入は不安定」と耳がタコになるほど吹き込まれていたので、これまで通りの家賃が払える保証がなかったのです。ご縁あって、日本最大規模のショッピングモール【イオンレイクタウン】からほど近い埼玉県の越谷市内に新たな住まいを確保し、公私ともに新たなスタートを切ることになりました。


派遣添乗員という仕事柄、派遣会社の事務所に赴く機会はかなり少なく、原則それぞれの旅行会社またはツアーの出発地への”通勤”となる為、都心から離れてもそこまで不便でないというのも引っ越しを決めた理由の1つでした。東京近郊をぐるっと囲むように走る武蔵野線沿線に住居を構えることは、いろんな出発地に行くことが出来るという点で派遣会社目線ではむしろ重宝されるようでした。


同期入社は私を含めて20名ほどいたように思います。ただ、研修中に数名が脱落し、デビューに至ったのはそのうちの半分程度だったように記憶しています。職業訓練校同様年齢層が非常に幅広く、一番若い人で20歳ちょっと、還暦前後の人も数人いました。添乗員は定年のないお仕事とも言われ、本人の健康とやる気次第では70歳を超えても活躍することが出来るお仕事でもありますが、まさかデビューが還暦という人がいるなんて…とびっくりしたのを覚えています。”夢の国”の元ダンサー、元国際線CA、添乗員歴が長く他社から移籍してきた人など、個性豊かなメンバーが揃っていました。職業訓練校でも同期だった「Yさん」も同期入社となり、不安の中にもどこか安心感を覚えての研修スタートとなりました。


とりあえず初日は講師のプロフィール紹介、各々の自己紹介、添乗員のお仕事とは…といったイントロダクションからスタートです。研修を担当する講師の「Iさん」は私とほぼ同年代で、業界の中では若い部類に入るものの、経験値が高いベテラン中のベテランでした。疑問には何でも答えてくれる安心感を感じる一方で、高すぎる理想像をこれでもかと見せつけられ、逆に不安に駆られるような二面性をもった恐怖の研修の幕開けとなったのでした。


添乗業務に必要な「旅程管理主任者」の資格を未取得の人が大半の為、職業訓練校のおさらいのような研修もありました。その後、バス車内で行う朝のあいさつ、下車案内、車窓案内といった実戦的なものから、お客様の座る場所を決める”バス席”の書き方のコツ、顧客名簿の見方、個人情報保護、金銭管理、トラブルのケーススタディについて学習するなど、研修内容は多岐にわたりました。また、飛行機や新幹線を使った業務に備えるべく、羽田空港や東京駅に赴いての研修に加え、実際に旅行会社にお邪魔しての業務研修など、緊張感の高いものもありました。


(入社当時の主任者証)


すべてが新鮮かつ吸収しなければいけないことばかりでした。追い付くのに必死でしたが座学研修も終盤を迎え、いよいよ“同乗研修”と呼ばれる実戦での研修へと移行します。”同乗研修”とは本物のバスツアーに見習い添乗員として同行し、一部の業務を実際に経験させてもらいながら、先輩添乗員の動きを見て、ツアーでどのように動いたらよいかを学ぶ研修のことです。バス研修を未経験の人達にとっては、この研修が「旅程管理主任者」の実地研修を兼ねることになります。各自2本の同乗研修が割り当てられ、私は山梨県内をめぐるツアーと、房総半島の周遊ツアーに同行することになりました。


前者は担当添乗員が先の研修講師だった「Iさん」という、大変ありがたくない研修となりました。「研修講師の添乗が見られる」というポジティブな気持ちはありつつも、「気が抜けない…」という意味でネガティブな気持ちでどんよりの同乗研修と相成りました。要領を得ないまま前日の夜遅くまで悪あがきの準備を行い、ほとんど寝ていない状態で当日の朝を迎えました。不安は見事に的中しました。お客様を退屈させないためにバス移動中に行う”車窓案内”という業務を「Iさん」から突然無茶振りされたのです。頭が真っ白になりながらたどたどしいご案内をする羽目になり、テーマも「Iさん」にその場で決められた為、引き出しのない私は万事休すです。まさに穴があったら入りたい状況で、今でもその時の光景が頭にこびりついて離れません。なんとか1日の同乗研修を乗り切り、帰着後には「Iさん」主導の反省会=“ありがたいお話”が遅くまで行われ、家にたどり着いたのは日付が変わった頃でした。


同乗研修にほぼ不眠で臨んだ私は、その日の夜に課題の日報を書き上げることができず、翌日朝イチの提出期限に間に合いませんでした。他にも数名同様の状況の人がいたのですが、それが「Iさん」の逆鱗に触れてしまい、受取り「拒否」をされる事態に発展しました。本来であれば休みだった翌日に、日報提出の為に出社するように告げられ意気消沈。書類を期限までに提出することの大切さを教えたい気持ちは理解しますが、変に体育会系なところと「夜遅くまで反省会に付き合わせ、日報書く時間を奪ったあなたがそれを言いますか?」という、行き場のない怒りが込み上げてきたのをよく覚えています。理不尽を絵に描いたような状況でしたが、それはこれから添乗のお仕事で味わうことになる、数えきれない理不尽の序章に過ぎなかったのです。


庭野 大地
庭野 大地 Taichi Niwano

EventOffice ミキキートス代表。
中央大学卒業後、観光とは異業界での勤務経験を経て、旅行会社で国内外の添乗員・ガイド業務に従事。
2015年からは、主催のミキキートスにてイヤホンガイドを使用した参加型ツアー事業を開始。「大人向け社会科見学」や「親子でまなぶ」をコンセプトとし、築地/豊洲市場、成田空港や国会議事堂見学をはじめとした多数の人気ツアーを企画。
「名物ガイド」として多くのメディアで注目を集める。
新型コロナ禍以降は、オンラインツアーガイドに注力。最近では観光地や企業とのコラボイベントも始まり、コロナ禍でも多忙な日々を過ごす。
目下“偉大なる素人”を目指して邁進中。

WEBサイト:https://www.mikikiitos.com/