~思い出のバス研修(前編)~
各班のプレゼンが終わり、いよいよ投票となります。方法はとってもアナログで、全員机に顔を伏せて、一番良いと思ったツアー名のところで手を挙げて、一番手を挙げた人が多いグループのツアーがバス研修の行程に採用されるというもの。各班のメンバーは自分のところで手を挙げるのが前提となる為、同人数で決着がつかないことを見越してか、オブザーバーの講師2名も投票に加わります。机に顔を伏せ、静寂の中、ツアー名が読み上げられていきます。祈るような気持ちで自分たちのツアー名のところで手を挙げ、投票は終わりました。
「顔を上げてください」と講師が声をかけ、いよいよ結果発表です。他のグループのツアー名が声高にアナウンスされ、私たちのツアーはあっけなく不採用となってしまいました。終わってみて気が付いたことですが、他のグループに比べてだいぶ忙しい行程となってしまっていたことで、当日引率する講師陣からは疎まれる内容だったかもしれません。授業が終わり、メンバー同士での慰め合いタイムがスタート。メンバー全員気合いが入っていたので、私を含め結果に不満なメンバーが多く、「ツアー名の付け方がよくなかったんじゃないか?」とか「薄目を開けて見ていたけど、うちの班が一番手を挙げている人が多かった…」などと、なんとも往生際の悪い総括を行いつつ「でも、楽しかったよね」と振り返りました。これでこのメンバーでの活動は終了です。甲子園に行けなかった高校3年生の野球部の解散のような、いや全く違うような、そんな別れでした。
(ボツになった幻の行程表)
さて、いよいよバス研修当日を迎えます。いくら研修とは言え、当日ぶっつけ本番では円滑に進まないということもあり、前日に役割分担が決められました。私が割り振られたのは、大日影トンネルという中央本線旧線のトンネルの跡地を活用した遊歩道への誘導と、昼食会場の席誘導、そして全員が平等にすることになっていたバス車内での朝のあいさつでした。
当日の朝、新宿駅を8時に出発するということで、7時を過ぎたあたりからどんどんクラスメイトが集まってきました。この日は、クラスメイト25人に加え、同じく旅程管理研修としてバス研修を受講する人たちが10名ちょっと参加することになっていました。別に誰が悪いわけでもないのですが、25名の和気あいあいとした環境に1日だけ混ざる人たちはさぞかし肩身が狭いだろうなぁ…と思いました。その感覚はのちほど私にブーメランとして刺さることになります。
バスに乗り込み、定刻に無事出発となりました。まだ1か月弱机を並べて一緒に学ぶメンバーではありますが、”卒業旅行”の趣もあり、テンションMAXでのスタートです。まず、講師からあいさつや注意事項等のアナウンスがあり、それが終わると恐怖の「朝のあいさつ全員終わるまで帰れません」がスタートしました。バスツアーで添乗員はマイクをもってあいさつやご案内をしますが、すべては実践できないにせよ、朝のあいさつを一度体験しておくことで、度胸を付けようという趣旨のものでした。記憶が確かならば、順番は講師のさじ加減でランダムに当てられる方式で、一番バッターこそ嫌ですが、順番がいつ回ってくるか分からない恐怖に慄きながらの“卒業旅行”も辛いということで、みんなドキドキしながら順番を待っていました。
40人弱の参加者がいますので、ひとり5分くらい話したとしても、3時間以上。それに講師の好評が加わるので、とっても時間がかかります。なので、みんなやることは平等に朝のあいさつなのですが、もう外は暗くなって、もうすぐ新宿に到着するというタイミングでも朝のあいさつをしている人がいるというシュールな状態になります。幸い、私の順番は午前中の比較的早い時間帯に回ってきました。私はこう見えて真面目な性格なので、朝のあいさつを丸暗記し、紙を見ずに全部話そうと試みましたが、7割ほど話したところで言葉が出てこなくなってフリーズ、万事休すでした。なかには、キャラクターを生かして面白おかしくアナウンスをする人もいて、研修というよりもかくし芸大会に近いような雰囲気すら醸し出していました。
(朝のあいさつでフリーズしてしまった筆者)
大日影トンネルではバスを降りてトンネルの入り口まで誘導するという役割が与えられていましたが、事前のレクチャー等はほぼなく、また誘導の旗もないので、その場で講師に「あっちです」と指定された方向に左手を挙げながら「こっちですよー」とたどたどしく誘導をしました。「歩くのが速い」と講師に注意をされましたが、それなら事前に教えてくれよとイラっとしたのを覚えています。大日影トンネルはその後実際の添乗でも訪れる機会がありましたが、無料の観光スポットとしては充実感があって、とてもよい所だと思います。
昇仙峡では有名な仙娥滝の前で団体写真を撮り、自由散策をした後、いよいよお楽しみの昼食タイムです。私は昼食会場誘導の担当だったので、当然着席するのは一番最後となります。仕事を終えてふと見回すと、気心知れたクラスメイトの周りの席はすべて埋まっていて「席取っておいたよ!」の声もなく、当日のみ参加の初対面の人たちの中にポツンと借りてきた猫のように収まることに。楽しみにしていた甲州名物の鳥もつ煮を言葉少なめに口に運びました。この思い出のせいか、B級グルメの祭典B-1グランプリで2010年にゴールドグランプリに輝いた鳥もつ煮をあまりおいしいと感じたことがありません。

EventOffice ミキキートス代表。
中央大学卒業後、観光とは異業界での勤務経験を経て、旅行会社で国内外の添乗員・ガイド業務に従事。
2015年からは、主催のミキキートスにてイヤホンガイドを使用した参加型ツアー事業を開始。「大人向け社会科見学」や「親子でまなぶ」をコンセプトとし、築地/豊洲市場、成田空港や国会議事堂見学をはじめとした多数の人気ツアーを企画。
「名物ガイド」として多くのメディアで注目を集める。
新型コロナ禍以降は、オンラインツアーガイドに注力。最近では観光地や企業とのコラボイベントも始まり、コロナ禍でも多忙な日々を過ごす。
目下“偉大なる素人”を目指して邁進中。
WEBサイト:https://www.mikikiitos.com/