「庭野さん、それ今じゃなきゃダメなの?」
首都圏会議という、会社の規模の割りに仰々しい名前が付いた会議が始まる前に、以前の上司だった他支店の支店長にかけられた言葉です。添乗員を辞めて就職した旅行関連の派遣会社を1年で退職することを決意し、そのことが風の噂で当人に届いたようでした。「それ」が何を指すかというと、私がイベントやセミナーを企画・運営するビジネスを起業するということです。
私は「はい、すみません」というような内容を迷うことなく答えました。
(サラリーマン時代の筆者)
当時私が勤めていた会社は内勤スタッフ30名前後と規模が小さく、1人でも辞めようものならその仕事の尻拭いで業務の負担が増えたり、それに伴う異動が発生する等の面倒が起きるということで、何とか私を引き留めたい様子でした。その方には部下としてお世話になりましたが、自分で責任を負うことを嫌がる保身第一主義の上司だったので、情が湧くはずもありませんでした。
私の人生で、正社員として雇用されたのは後にも先にもこの1年間だけでした。それまでは、業種こそ違えど、サービス業の現場をずっと渡り歩いてきましたので、営業や事務仕事にどっぷり従事するのもこの会社が初めてでした。待遇面に納得がいかなかったり、社風になじめないことも大きかったのですが、正直仕事が面白くないと感じたのが退職を考えるきっかけでした。そして、通常なら転職活動に励むべきところを、どうしたら起業できるかを勉強し始めたのです。今思い返せば、子供こそいませんでしたが、当時結婚していた身としては大胆な決断だったように思います。
実際に起業する前に考えていた事業の内容は、ツアー業者というよりもセミナーを主催するイベント事業者という感じでした。何かのきっかけで、北欧のフィンランドという国で行われているフィンランド教育に興味を持ち、本を何冊か読んでみました。日本の教育とは根本的に違うアプローチで、本質的に豊かに暮らすことに主眼を置いたその教育方法や考え方に魅せられ、日本でこれを広めることは有意義なビジネスなんじゃないかと考えたのです。
そんなきっかけもあり、事業の屋号を「ミキキートス」と決めました。
- ①【見聞き】→見たり聞いたりすること
- ②【キートス】→フィンランド語のありがとうを意味するkiitos
この2つの言葉の造語です。
「見聞きすること=“体験”から“ありがとう”を生み出したい…」
カッコつけるとそんな感じのネーミングなのですが、サイトのSEOで他社と重複しないまったく新しい名前にしたいという思いで、なんとかひねり出したものでした。
お陰様で他社と重複することはありませんでしたが、その変わった名前から「ミキートス」「ミキトートス」等の言い間違いは日常茶飯時で、時には「ミキ〇ーリスト」という大手ランドオペレーターの名前と混同されるなど、苦労が絶えない屋号でもあります。
さて、事業名をフィンランドにちなんだものにしたものの、いきなりフィンランド教育をテーマにセミナーを行おうにも、伝手も経験もありません。また当時、SNSを中心にスマホに時間を取られすぎていた為、マインドフルネス(瞑想)やデジタルデトックスにも興味がありましたが、こちらも無名の事業者が企画を立ち上げるにはだいぶハードルが高いように感じました。まずは実績を作って、次のステップとしてこれらの企画を立ち上げようという考えに至り、前職の添乗員の経験を活かして、自分でツアーを主催するのはどうだろう?と思い付いたのでした。そして、この実績作りの為に始めたツアー事業が、結果的にミキキートスの中心的な事業に発展していくことになるのです。
最初に特に念入りに調べたのが「旅行業者でなくてもツアーを主催できるのか?」という点でした。旅行業者がツアーを主催できるのは当然ですが、旅行業者以外がツアーを実施するには大きな制約があります。実際に、このことを知らずにツアーを主催し、旅行業法違反を犯してしまっている自治体や事業者も少なくないようでした。じっくり調べた結果、宿泊や交通機関に関して手配を行わなければ、旅行業法に抵触せずにツアーが実施できることが分かりました。いわゆる現地集合・現地解散の【着地型観光ツアー】であれば、旅行業の登録がなくてもツアーを主催できるのです。
さて、どんなツアーを主催しようか…と考えを巡らせた時に、私が最初に着目したのが空港見学ツアーでした。前職が添乗員、いわゆるツアーコンダクターだった私は、飛行機に乗る機会が大幅に増え、空港にも頻繁に訪れるようになりました。世界中に旅立つ人達が放つ高揚感が漂う雰囲気に魅了され、いつか空港で働くことが出来たらいいなぁ…なんて漠然と考えたこともありました。午後出発のツアーなど、時間に余裕がある時には空港に早めに到着して、展望デッキへ行って行き交う飛行機を良く眺めたものです。離着陸する飛行機を眺めていると楽しく、時間もあっという間に過ぎていくのですが、飛行機はみな同じような形をしている為、機材の違いがさっぱり分かりません。また、滑走路が何本あって、どのようなルールで飛行機が離着陸しているのかも実は良く分かっていませんでした。そんなことを思い出し、参加者目線で羽田空港や成田空港の見学ツアーがないかとインターネットで情報収集したのですが、意外や意外、そんなツアーは見つかりませんでした。
行き詰った私は、某知恵袋のサイト上で「どなたか空港見学ツアーを主催している会社をご存知ないですか?」と質問してみたところ、意外な答えが返ってきました。
「ないなら、あなたが勉強して始めればいいのです」
そして、私はこの適当とも冗談とも取れる回答を真に受けて、実際に空港見学ツアーを企画することになるのです。

EventOffice ミキキートス代表。
中央大学卒業後、観光とは異業界での勤務経験を経て、旅行会社で国内外の添乗員・ガイド業務に従事。
2015年からは、主催のミキキートスにてイヤホンガイドを使用した参加型ツアー事業を開始。「大人向け社会科見学」や「親子でまなぶ」をコンセプトとし、築地/豊洲市場、成田空港や国会議事堂見学をはじめとした多数の人気ツアーを企画。
「名物ガイド」として多くのメディアで注目を集める。
新型コロナ禍以降は、オンラインツアーガイドに注力。最近では観光地や企業とのコラボイベントも始まり、コロナ禍でも多忙な日々を過ごす。
目下“偉大なる素人”を目指して邁進中。
WEBサイト:https://www.mikikiitos.com/